株式会社ネットプロテクションズのシンクタンク「NP総研」が、「エージェンティックコマースの購買・決済に関する実態調査」を発表しました。
これまで当サイトでは、A.T.カーニーの欧米消費者調査、伊藤忠ファッションシステム(ifs)の国内生活者調査と、エージェンティックコマースをめぐる生活者の意識を続けて取り上げてきました。今回のNP総研調査は、後払い決済(BNPL)「NP後払い」「atone」を運営する決済事業者の視点で設計されているのが特徴です。「探索・比較はAIに任せる」の先、実際にお金が動く「決済」の場面で生活者が何を求めているのかが、具体的な条件として見えてきます。
*株式会社ネットプロテクションズ「エージェンティックコマースの購買・決済に関する実態調査」
https://corp.netprotections.com/news/press/corporate/20260804/
調査の概要
- 調査主体:株式会社ネットプロテクションズ(NP総研)
- 実施期間:2026年6月10日〜6月12日(インターネット調査)
- 対象:直近6カ月以内にネットショッピングで商品を購入した全国の20〜65歳男女、計1,150名
ifs調査が首都圏の流行感度の高い層を対象にしていたのに対し、こちらは全国のEC利用者を広く捉えたデータです。「AIに任せてよい範囲」を段階ごとに聞いている点と、BNPL利用者/非利用者で比較している点が、この調査の主な読みどころになります。
調査のポイント①:AIは日常に入り始めているが、利用状況は二極化
AIサービスを「毎日使う」が16.3%、「週に数回使う」が27.6%で、合わせて43.9%が週数回以上の利用者。一方で「ほとんど使わない・使わない」も39.7%と、ほぼ同じ規模で存在します。
平均を取ると「半分弱が使っている」に見えますが、実態は日常的に使う層と、まったく使わない層への分断です。EC事業者にとっては、「顧客の半分はAI経由で来る」ではなく、「AI経由で来る顧客と、従来通り来る顧客が並存する」状態がしばらく続く、と読むべきでしょう。
調査のポイント②:購買でのAI利用は「おすすめ経由」と「調べてから買う」がすでに定着
AIを活用した購買行動の経験で最も多かったのは、ECサイト上の「あなたへのおすすめ」「この商品を買った人はこれも」から購入した経験で19.7%。次いで、ChatGPT・Gemini・Perplexityなどで商品や購入先を調べてからECで購入(12.0%)、楽天の「Rakuten AI」に商品について質問(9.7%)と続きます。
注目したいのは2番目の数字です。約8人に1人が、汎用AIで商品を調べてからECサイトへ来ている。 レコメンドは各ECサイトが自社で制御できる領域ですが、汎用AI経由の来訪は、AIが自社の商品情報をどう読み取っているかで決まります。ここは事業者の手が届きにくい分、対策の優先度は高い領域です。
調査のポイント③:AIに期待するのは「比較・選択」と「発見」。決済の自動化は1割未満
AIに期待する役割は、「商品の比較・選択の自動化」(30.2%)、「より精度の高い商品の発見・提案」(27.1%)が上位。対して「支払い方法の自動選択・自動決済」への期待は1割未満にとどまりました。
AIに手伝ってほしい商品は「日用品・消耗品」(21.8%)と「家電・デジタル機器」(21.4%)。購入頻度が高くて選び直すのが面倒な商品と、比較項目が多くて調べるのが大変な商品、という2つの「負担」の類型で期待が高まっています。ifs調査で「こだわりのない日用品はAIに任せたい」が42%だった結果とも整合します。
調査のポイント④:「候補を探してもらう」は37%、「決済まで任せる」は2.2%
この調査の核心です。AIに任せてもよい範囲を段階別に聞くと、「自分の好みに合いそうな商品候補を探してもらう」が37.2%、「口コミやレビューを要約してもらう」が29.0%。ところが「購入・決済まで自動で完了してもらう」は2.2%しかいません。
ifs調査では20〜30代の約3割が「決済まで済ませてほしい」と答えていましたが、あちらは「そう思う」という意向を聞いたもの。今回は「任せてもよい範囲」として実際の許容ラインを聞いており、質問の性質が違います。「いつかはそうなってもいい」と思う人は3割いても、「今、自分の財布を任せてよい」と言える人は50人に1人。この差が、エージェンティックコマースの現在地をよく表しています。
調査のポイント⑤:AI決済の条件は「最終確認を自分でできること」が52.8%
では、何があれば任せられるのか。AIによる決済を利用する条件として最も多かったのは「最終確認・承認を自分で行えること」で52.8%。次いで「信頼できる企業・ブランドが運営していること」「提案の根拠・理由が明確に表示されること」が続きました。
裏返せば、生活者はAI決済を拒絶しているのではなく、「自分で止められること」「誰が運営しているか」「なぜその提案なのか」の3点が揃えば受け入れると言っています。ifs調査で「AIのおすすめは裏付けがないので信用できない」が65%だった結果と、同じ構造です。
調査のポイント⑥:BNPL利用者はAI購買の経験率81.7%、AI決済提案への意向83.7%
決済事業者の調査ならではの発見が、BNPL(後払い)利用者の受容性の高さです。AIを活用した購買行動の経験率は、BNPL利用者で81.7%、非利用者で35.7%と、46ポイントの開きがありました。AIが最適な支払い方法を提案する機能への利用意向も、BNPL利用者では83.7%に達しています。
年代別でも、女性では20代に次いで60代以上で約4割がAIによる支払い方法の提案に前向きでした。「決済の自動化」は嫌われても、「支払いに関する提案・アドバイス」は幅広い層に受け入れられる余地がある、ということです。
NP総研は、BNPLがこれまで与信によって取引の対象・金額・条件を判断し、利用状況の可視化と利用者の最終確認を組み込んできた仕組みが、AIエージェントの身元や権限を確認・管理する「KYA(Know Your Agent)」の考え方と親和性が高い、と位置づけています。決済事業者が「AIに任せる」の受け皿になりに行く、という宣言と読めます。
EC事業者・ブランドにとっての示唆
この調査から、私たちは3つの示唆を受け取っています。
1. 「財布の手前」の3条件は、決済事業者だけの課題ではない
「最終確認できること」「信頼できる運営者」「提案の根拠」。この3つは決済UXの話として語られていますが、2つ目と3つ目は商品を売る側にも直接かかってきます。AIが「この商品を勧める理由」を利用者に説明できるかどうかは、決済サービスの機能ではなく、ブランドがAIに渡している商品データの中身で決まります。素材、サイズ実測値、製造背景、返品条件、真正性。根拠として提示できる一次情報を、機械が読める形で用意しているかが問われます。
2. 「汎用AIで調べてからECで買う」12%は、今から伸びる数字
レコメンド経由の19.7%はEC側が制御できる導線ですが、ChatGPTやGeminiで調べてから来る12%は、AIが自社商品をどう理解しているかに依存します。AIの利用頻度が二極化している現状は、「使う層」の中ではこの行動がすでに当たり前になっていることを意味します。AI利用者の側からは、商品データが読めないブランドは検討リストにそもそも載りません。
3. 「決済の自動化」ではなく「支払いの提案」から設計する
自動決済への期待は1割未満、でも支払い方法の提案には60代女性でも4割が前向き。同じことが商品側にも言えます。「勝手に買っておく」体験より、「あなたの条件ならこれが最適です、確認しますか」と根拠つきで提示し、最終判断を残す体験のほうが、今の生活者には受け入れられます。エージェント時代の顧客体験は、意思決定を奪う方向ではなく、意思決定を軽くする方向で設計するのが現実的です。
まとめ
NP総研の調査が示したのは、日本のEC利用者の現在地が「AIに候補は探してもらう、でも決済は50人に1人しか任せない」というところにあること。そして、その壁を越える条件が「自分で最終確認できる」「信頼できる運営者」「根拠が示される」という、極めて具体的な3点に絞り込まれていることでした。
A.T.カーニーが欧米で、ifsが首都圏で、NP総研が全国EC利用者で、三者三様の調査から同じ構図が浮かび上がっています。比較は任せるが、財布は渡さない。渡す条件は「止められること」と「根拠」。 その根拠を用意できるのは、決済事業者でもAI事業者でもなく、商品を知っているブランド自身です。