(Tips)「検索して買う」から「AIに任せる」へ。エージェンティックコマースが変える買い物体験や、購入後も顧客と直接つながる仕組み作りを考える。

欲しい商品について検索し、いくつものページを開き、レビューを読み比べる。

長い間、オンラインでの買い物は、このような行動を前提に設計されてきました。しかし、その前提が大きく変わり始めています。

McKinseyが2025年8月に米国の消費者1,927人を対象として実施した調査では、約50%が意図的にAI検索を利用しており、利用者の44%はAI検索を主要かつ最も好ましい情報源と回答しています。従来型検索の31%、ブランドや小売事業者のウェブサイトの9%を上回る結果です。

さらに、Morgan Stanley Researchは、AIを活用したショッピングエージェントによる取引が、2030年には米国のEC支出の10〜20%、金額にして1,900億〜3,850億ドルに達する可能性があると推計しています。同調査では、直近1ヶ月で米国人の約23%がAIを経由して何らかの購買を行ったとされており、「AIで買う」という行動はすでに始まっています。

これは、検索結果の表示形式が変わるだけの話ではありません。

現在のAIは、商品の発見や比較を支援する「相談相手」ですが、今後は条件に合う商品を探し、価格を比較し、購入手続きまで進める「代理人」になっていきます。

買い物の主導権の一部が、消費者からAIへ移り始めているのです。

買い物の入口が「商品」から「目的」に変わる

従来の検索では、消費者は探したい商品を、ある程度具体的に言葉にする必要がありました。

「ランニングシューズ 膝に優しい」

「出張用バッグ 軽量」

「敏感肌 化粧水」

検索の入口には、商品カテゴリーや商品名があります。

一方、AI検索では、消費者は商品ではなく、達成したい目的を伝えられます。

「週3回、舗装路を5キロ程度走りたい。膝への負担が少なく、2万円以内で、普段着にも合わせやすいシューズが欲しい」

「3泊の海外出張で、機内に持ち込めて、パソコンとスーツを一緒に収納できるバッグを探している」

AIは、利用目的、予算、好み、制約条件を整理し、複数の商品やレビューを横断して候補を提示します。追加条件を伝えれば、比較結果もその場で更新されます。

消費者が一つひとつの商品を調べる代わりに、AIが市場を調べ、比較し、選択肢を絞る。

買い物の入口は「何を買うか」から、「何を実現したいか」へ変わっていきます。

「比較の支援」から「取引の代行」へ

現在、多くのAI検索は商品を提案した後、ブランドサイトやECモールに消費者を誘導します。最終的な判断と購入操作は、まだ人間が行うことが一般的です。

しかし、エージェンティックコマースでは、AIの役割がさらに広がります。

たとえば消費者が、予算、サイズ、好み、配送期限、決済方法などをあらかじめ設定しておけば、AIエージェントは次のような行動を代行できるようになります。

  • 条件に合う商品を複数のサイトから探す
  • 価格、送料、在庫、納期をリアルタイムで比較する
  • レビューや返品条件を確認する
  • 過去の購入履歴や好みを踏まえて候補を絞る
  • 消費者が許可した範囲で注文や決済を実行する
  • 日用品などの消耗状況を予測し、再購入を提案する

つまり、AIは「おすすめを答える存在」から、「目的を達成するために行動する存在」へ変わります。

特に食品や日用品など、購入頻度が高く、条件を定型化しやすい商品では、この変化が早く進むと考えられます。Morgan Stanleyの調査でも、AIを経由した購入は食品や消費財で先行しています。

時間の使われ方も変わります。従来7〜14日かかっていた購買サイクルが、AIとの対話を起点とすることで1時間〜3日程度にまで短縮されるという指摘もあります。「検討期間中に広告で想起を積み上げる」という従来型マーケティングの時間軸そのものが、成立しにくくなっていきます。

買い物は、毎回商品を探して注文する行為から、条件と権限をAIに預け、必要なときだけ確認する行為へ近づいていくでしょう。

ブランドサイトを訪れる前に、意思決定が終わる

AI検索とエージェンティックコマースが普及すると、消費者がブランドサイトを訪れる意味も変わります。

これまでは、検索広告やコンテンツを通じて消費者を自社サイトへ呼び込み、サイト上の行動から関心を把握し、商品を訴求することができました。

しかしAIが商品の発見と比較を代行するようになると、消費者はブランドサイトを訪れる前に候補を絞り込みます。McKinseyは、準備のできていないブランドは従来型検索からの流入を20〜50%失う可能性があると試算しており、残ったクリックも「すでに意思をほぼ固めた消費者」によるものへと質が変わっていきます。さらに取引までAIが代行すれば、消費者がサイトを一度も訪れないまま購入するケースも生まれます。

企業にとっては、アクセス数が減ること以上に大きな問題があります。

消費者が何を検索したか。どの商品を比較したか。どこで迷ったか。なぜ購入しなかったか。

こうしたファーストパーティの行動データを取得できなくなり、将来のリマーケティングや商品改善に利用できる情報が減る可能性です。

従来、ブランドは自社の店舗やウェブサイトを通じて顧客を理解してきました。今後は、ブランドと消費者の間にAIエージェントが入ることで、その理解の手がかりが外部のプラットフォーム側へ移っていきます。

AIに選ばれることと同時に、購入後も顧客と直接つながる仕組み(CRM)を設計しなければ、売上は得られても顧客を理解できないという状況が起こり得ます。

「一番売れている商品」より、「この人に合う商品」が選ばれる

AIによる商品選びでは、売れ筋ランキングの影響力も相対的に弱まる可能性があります。

従来のECでは、人気順、価格順、レビュー件数といった共通の尺度で商品が並べられてきました。しかし、すべての人にとっての「1位」が、その人にとって最適とは限りません。

AIは、用途、体格、予算、居住地域、過去の購入、好み、配送条件、環境への関心など、個人ごとに異なる条件を組み合わせて商品を評価できます。

その結果、買い物は「多くの人が選んだ商品を買う」ことから、「自分の条件に最も適した商品を選ぶ」ことへ近づきます。

これは、小規模ブランドや専門性の高い商品にとっても機会になります。

広告予算や知名度では大手に及ばなくても、特定の利用目的に対する適合性や、素材、製造方法、耐久性、修理可能性などを明確に示すことができれば、AIから推奨される可能性があるためです。

実際、McKinseyの分析では、クレジットカード、ホテル、家電、アパレルといった主要カテゴリで、市場シェア上位のブランドですらAI検索の回答から抜け落ちるケースが確認されています。従来のブランド力は、AI検索での可視性を保証しません。

一方で、商品の強みが社内資料や担当者の経験の中にしかなく、AIが読めるデータとして表現されていなければ、その商品は比較の候補にすら入れません。

商品の価値があることと、その価値をAIが理解できることは、別の問題になります。

買い物は「購入」で終わらなくなる

AIが支援する範囲は、購入前だけにとどまりません。

購入した商品の使い方を案内する。適切なメンテナンス時期を知らせる。修理と買い替えのどちらが合理的かを比較する。不要になったときには、査定や二次流通の選択肢を提示する。

このようにAIは、購入前の比較から、所有、利用、修理、譲渡、再販売まで、商品のライフサイクル全体に関わるようになります。

消費者にとっての商品の価値も、「購入価格」だけでは測れなくなるでしょう。

どれくらい長く使えるのか。修理できるのか。部品は入手できるのか。使用後にいくらで売れるのか。素材や製造過程は信頼できるのか。

こうした情報をAIが理解できれば、初期価格が高くても、長期的には合理的な商品として推奨される可能性があります。

企業にとっても、販売後の接点は顧客との関係を取り戻す機会になります。

商品単位で所有者登録、保証、メンテナンス、修理、買い替え、二次流通をつなげることができれば、AI経由で購入した顧客とも継続的な関係を築けます。さらに、販売後に蓄積された利用情報は、次の商品開発や推奨精度の向上にも活用できます。

買い物体験は、商品を購入する瞬間だけを最適化するものから、商品と過ごす時間全体を設計するものへ変わっていくのです。

マーケティングは「人」と「AI」に向けたデュアル戦略へ

AIが購買判断に関与する時代になっても、人間に対するブランドづくりが不要になるわけではありません。

消費者は、機能や価格だけで商品を選んでいるわけではないからです。

ブランドへの共感、デザインへの愛着、店舗での体験、企業の姿勢、作り手の物語。こうした感情的な価値は、引き続き人間の選択に影響します。

その一方で、AIエージェントは、曖昧なイメージだけでは商品を正確に比較できません。

商品メタデータ、仕様、価格、在庫、納期、FAQ、レビュー、修理条件、返品条件、環境情報など、構造化され、更新され、検証できる情報を必要とします。

したがって企業には、二つのマーケティングが必要になります。Appierはこれを「デュアル・マーケティング戦略」と呼び、人間とAIエージェントの双方が関与するハイブリッドな顧客体験への備えとして提唱しています。

一つは、人の記憶や感情に働きかけるマーケティングです。ブランドストーリー、クリエイティブ、店舗、コミュニティなどを通じて、「このブランドを選びたい」という気持ちをつくります。

もう一つは、AIが理解・比較・評価できる情報を整えるマーケティングです。商品の特徴だけでなく、「誰の、どのような目的に適しているか」「その主張を何が裏付けているか」を、機械が扱えるデータとして示します。

感情に訴えるブランド表現と、AIが読める正確な商品データ。

どちらか一方ではなく、両方を一貫した形で設計することが、これからのマーケティングの前提になります。

商品データには「事実」と「選ばれる理由」が必要になる

AI時代の商品データは、単なるスペック一覧ではありません。

商品名、価格、サイズ、素材などの事実に加えて、どのような利用者や場面に適しているのか、他の商品と何が違うのか、その主張を裏付ける根拠は何か、といった情報が必要です。

さらに、製造履歴、環境負荷、修理実績、所有履歴など、販売後に生まれるデータも商品の価値を構成していきます。

ここで見落とせないのは、AIの回答をつくっているのが自社の情報だけではないという点です。McKinseyの分析によれば、AI検索が参照する情報源のうち、ブランドの自社サイトは5〜10%程度に過ぎず、残りはメディア、コミュニティ、レビュー、UGCといった第三者情報です。自社データの整備と、第三者からどう語られるかの設計は、切り離せない一つの課題になります。

重要なのは、データ量を増やすことではありません。

AIが商品を正しく理解できる「正しさ」と、特定の消費者に推奨できる「選ばれる理由」を、検証可能な形で結びつけることです。

従来のSEOが、人をウェブサイトへ呼び込むための取り組みだったとすれば、AIO(AI最適化)は、AIの意思決定に商品を参加させるための取り組みだと捉えられます。

しかし、AIへの表示だけを目的に情報を最適化しても、変化への対応としては十分ではありません。

企業が本当に再設計すべきなのは、コンテンツだけではなく、商品データが生成され、更新され、購入後まで蓄積されていく仕組みそのものです。

AIに選ばれた後、顧客との関係をどうつくるか

AI検索の普及によって、ブランドの課題は二つに分かれます。

一つは、AIの比較候補に入り、正しく評価されること。

もう一つは、AIを経由して購入した消費者と、どのように直接的な関係を築くかです。

前者には、正確で構造化された商品データと、第三者からの信頼できる評価が必要です。そして何より、現在地を知ることが出発点になります。AI検索でのパフォーマンスを体系的に計測しているブランドは、現時点でわずか16%。ほとんどの企業は、自社がAIにどう語られているかを知らないまま、この転換期を迎えています。

後者には、所有者登録、保証、修理、メンテナンス、再購入、二次流通など、販売後も続く顧客体験が必要になります。

AIに選ばれるための商品データと、選ばれた後の関係を育てるライフサイクルデータは、本来、一つの連続した仕組みとして設計されるべきものです。

これからの買い物では、消費者がすべての商品を見比べることはありません。AIが先に市場を読み、候補を絞り、その理由を説明し、許可された範囲で取引まで実行します。

企業が向き合う相手は、人間の消費者だけではなくなります。

人にとって魅力的であること。AIにとって理解でき、信頼でき、比較できること。そして購入後も、人と商品とブランドの関係が続くこと。

この三つを一体で設計できる企業が、エージェンティックコマース時代の新しい買い物の入口をつくっていくのではないでしょうか。


参考資料: