「良い商品なのに、なぜか売れない」
EC・コマースのご相談で、いちばん多いのがこの悩みです。広告も出した、モールにも並べた、SNSも始めた。それでも数字が伸びない。
原因の多くは、商品でも、価格でも、広告予算でもありません。「誰に売るのか」が決まらないまま、施策(HOW)だけが先に走っていることにあります。
孫子の兵法に、こんな言葉があります。「戦略なき戦術は、敗北前の狂騒である」。売り場をどこにするか、広告をどう打つか、価格をいくらにするか。これらはすべて戦術(HOW)です。その手前にある「なぜ(WHY)」「何を・誰に(WHAT)」が曖昧なままだと、どれだけHOWを磨いても空回りしてしまいます。
今回は、コマース施策に着手する“前”に必ず押さえたい、対象の絞り込みについて整理します。「売れる確証」「仕入れ強化」「在庫回転率」「ROI」そうした数字の話の、さらに手前のお話です。
なぜ、頑張っているのに売れないのか
いま、ECの市況は小規模事業者にとって、一見とても厳しく見えます。
- 販売する人が猛烈に増えている(近年は越境ECへの参入も加速)
- 大手が広告を大量投下し、顧客接点の“面”を押さえている(隙間がない)
- 消費者は安心で楽なモール(Amazon・楽天)に集まる。そのモールは手数料やルールを一方的に変えてくる
広告費、手数料率、取扱SKU数、物流コストどれをとっても、大手と小規模事業者では体力が違います。ここで大手と同じ土俵(広い市場・物量・資本力)で戦おうとすると、まず勝てません。 「頑張っているのに売れない」の多くは、努力の量ではなく、戦う場所の選び方の問題なのです。
むしろ今は、小規模事業者に有利な時代
一方で、コマースの構造そのものが大きく変わりつつあります。
- AIが普及し、「人」ではなく「AI」が商品を選ぶ場面が増えている(購買のルールが変わる)
- 買うと同時に手放しを考える時代へ(新品を買う前にフリマで再販価格を見る)
- ライブコマースによる衝動買いが加速している
かつては「売り手 → 買い手」。小手先のテクニックや資本力で、ある程度なんとかなりました。しかし今は「売り手 ← 買い手(+AI)」の時代です。デジタル上の体験が充実し、買い手が商品の本質を見抜けるようになりました。 人間の知性を超えるAIが、本質を見て商品を選ぶ場面すら増えています。
つまり、主導権は完全に「買い手」に移った。 だからこそ、大手のやり方が正解とは限りません。徹底して「買い手目線」で設計できる事業者にこそ、勝ち筋が開けます。
大手と同じ戦い方をやめ、「局地戦」に持ち込む
これからの戦い方は、大手のそれとは真逆です。
| これまでの戦い方(大手が強い) | これからの戦い方(大小は関係ない) |
|---|---|
| 広い市場で大量投下 | 狭く、熱量のある市場に集中投下 |
| 物量×資本力で圧倒する | 特異性・独自性で勝負する |
| ブランド認知戦略で勝負 | 顧客と深く・熱い関係を築く |
| 販売チャネルは全方位展開 | 販売チャネルは徹底的に絞る |
キーワードは 「狭く・深く・濃く」。狭い市場に深く入り、濃い関係を築く。この戦い方が買い手の“熱量”を生み、その熱量がSNSなどを通じて遠心力(自然な広がり)をつくります。
実際、この戦い方で存在感を確立した例は少なくありません。「大手の淡麗辛口に飽きた、ビールに個性を求める人」に振り切ったよなよなエール。顧客自身を広告塔にし「顧客の声で商品をつくる」を徹底したGlossier。「無水調理という体験に価値を感じる料理好き」という狭い層に絞り、鍋ではなくレシピと食卓体験を売ったバーミキュラ。「安さより“人生に野遊びを”という価値観に共鳴する本気のキャンパー」にフォーカスしたスノーピーク。いずれも、広く浅くではなく、狭く深くを選んだ事業者です。
すべての起点は「たった1人」
では、どう絞り込むのか。答えはシンプルで、「万人に好かれる」よりも「たった1人に刺さる」を選ぶことです。
- 従来:「30代女性・都市部在住」のような、広いペルソナ設定
- これから(局地戦):名前をつけられるほど具体的な「たった1人」を想像する
イメージが湧くよう、いくつか例を挙げます。
- 健康食品(青汁)
従来 → 「健康に気を使う40〜60代」向け
局地戦 → 「62歳、孫が生まれて成人式まで元気でいたいと思い始めた、朝のゴルフが趣味の田中さん」向け - アパレル(D2C)
従来 → 「30代女性・きれいめカジュアル」
局地戦 → 「育休明けで保育園の送迎をしながら週3で出社する、5分で決まって洗濯機で洗える服が欲しい34歳のワーママ」 - 地方の食品・特産品
従来 → 「お取り寄せグルメ好き」向けの干物セット
局地戦 → 「単身赴任中で自炊はするが手間はかけたくない、晩酌に一品ほしい50代男性」向けの「焼くだけ個包装の干物」
「絞ると顧客が減るのでは」と不安になるかもしれません。しかし逆です。絞るからこそ、その1人に言葉が深く届き、結果として似た悩みを持つ多くの人に広がっていきます。
「たった1人」を決めると、すべてが自動的に決まる
対象を1人に絞る最大の効能は、その後の意思決定が“逆算”で決まることです。地方の干物屋を例にします。
起点(誰に?):「単身赴任中で、自炊はするが手間はかけたくない。晩酌に一品ほしい50代男性」
この1人を決めた瞬間、下記がすべて連動して決まります。
- 何を(商品):焼くだけ・個包装の干物/商品名「ひとり晩酌の干物」
- いくらで(価格):1食ずつの少量パック・2,000円台
- なぜ(ストーリー):三代続く港町の干物屋。「一人の食卓こそ、旨いものを」
- どこで(チャネル):自社EC+徹底的なSEO対策/モールには出さない
- どう伝える(言葉):「単身赴任のあなたへ。焼くだけ5分、港町の本気」
「たった1人」を絞るほど、商品・価格・売り場・言葉までが“自動的に”決まっていく。 これが局地戦の設計の核心です。逆に言えば、この1人が決まっていないから、施策がバラバラになり、どこにも刺さらなくなるのです。
参考までに、業種を変えた例も挙げておきます。
- シニア犬の無添加おやつ:「犬の飼い主全般」では埋もれる。「13歳の愛犬の歯と内臓が心配で、安心して与えられるおやつを探している50代の飼い主」に絞った瞬間、定期便・SNS・言葉までが決まる。
- 革小物工房の名刺入れ:「革小物が好きな人」ではなく、「春から社会人になる息子に、初めての名刺入れを贈りたい母親」に絞ると、価格の値下げ競争から降りられる。名入れ・化粧箱・手書きの説明書という付加価値が、意味を持ち始めます。
差別化の核は、スペックではなく「ストーリー」
絞り込んだ1人に選ばれるために、大手にマネできない武器が「ストーリー」です。
- 作り手の想い:なぜ、この商品を作っているのか
- 製法・工程:どんな手間とこだわりがあるのか
- 地域性:文化とどう結びついているのか
スペック(機能・価格)の勝負は、資本力に勝る大手の土俵です。しかし、その商品が生まれた背景の物語は、その事業者にしか語れません。 情緒的なストーリーで心を動かすこと。それが小規模事業者の最大の差別化になります。
チャネルは、対象と商品が決まってから選ぶ
チャネル選択を間違えると、良い商品でも届きません。ここでも大切なのは、チャネルから決めないことです。「誰に・何を」が決まってはじめて、最適な売り場が見えてきます。
- モールEC:検索される定番品向き。集客はモール内広告・検索最適化。手数料・広告費が重く、小規模との相性はCase by case
- 自社EC:ストーリー性の高い商品向き。SEO・ブログ・メルマガで集客。初期投資はあるが運用費は低め。小規模との相性は◎
- SNS直販:ビジュアル映えする商品向き。Instagram・TikTok等で集客。低コストだが労力型。小規模との相性は◎
いまできる、最初の一歩
完璧な体制をいきなり目指す必要はありません。まずは1枚の設計シートを、上から埋めてみてください。
- たった1人は誰?(まずここから。迷ったら今いる一番のお得意様を、顔が浮かぶまで1人だけ想像する)
- 何を(見せ方・商品名)
- いくらで(価格・単位)
- なぜ(ストーリー)
- どこで(チャネル)
- どう伝える(一言メッセージ)
ポイントは、必ず①から始め、下へ逆算で埋めること。 ②以降で手が止まったら、それは①の解像度がまだ足りないサインです。もう一度、その1人の生活・習慣・困りごとに立ち返ってみてください。
さいごに 局地戦の3原則
小規模だからこそ勝てる戦い方は、次の3原則に集約されます。
- 狭く:選んで、捨てる(対象を絞る勇気を持つ)
- 深く:裏側を見せる(ストーリーで関係を築く)
- 濃く:改善と積み重ね(1件の声を武器に育てる)
コマースの施策は、いきなり広告や在庫の話から始めがちです。ですが、本当に効くのは、その手前にある「誰に売るか」を、名前が浮かぶまで絞り込むこと。ここが定まれば、その後の施策は驚くほどスムーズに決まっていきます。
「自社の“たった1人”は誰なのか」「どこから手をつければいいのか」そんな初歩的な問いからで構いません。まずは対象の整理から、お気軽にご相談ください。